海外技術協力

スリランカ国におけるキャリアガイダンスセミナーの実施について

独立行政法人雇用・能力開発機構 本部キャリア支援部        湯浅 幸敏

生涯職業能力開発促進センター    西口 美津子

1.はじめに

 平成16年1月末より2月初めまで,湯浅および西口の両名は,独立行政法人国際協力機構(JICA)の委嘱を受け,キャリアガイダンス短期専門家としてスリランカ民主社会主義共和国に派遣されることになった。スリランカ高等教育訓練省技術教育訓練局(DTET)において,技術短大のキャリアガイダンスオフィサー(CGO)や校長,DTETの職員を対象に5日間のキャリアガイダンスセミナー(以下「セミナー」という。)を実施するのが主な目的である。

 スリランカ国は日本のODA(オフィシアル・デベロップメント・アシスタンス:政府開発援助)供出国として重要な国の1つであり,JICAの援助対象国中第12位の支出額(2002年)を占めている。雇用・能力開発機構からは平成14年4月よりJICAの長期専門家として,田野倉悟氏が現地で職業訓練強化(職業訓練アドバイザー)の業務を行っている。田野倉専門家の協力やアドバイスを受けつつ,当地に導入されつつあるCGOと呼ばれる就職支援担当官に就職支援・指導の手法を紹介し,CGOの就職支援・指導に対する士気を高めることが今回の課題の1つであった。

 本稿では現地で行ったセミナーについて,その準備から実施,報告書の作成に至るまでのプロセス,セミナーを通して知った現地のキャリアガイダンスの現状について報告する。

2.スリランカ国における職業訓練とキャリアガイダンスの概要

 スリランカ国は,1948年に英連邦内の自治領として独立するまでの150年近くを植民地として英国の統治を受けたために,教育についても英国のシステムの影響を強く受けている。また古くから仏教の僧侶による教育が盛んだったことや後の共和国政府が義務教育に力を入れたことから,約9割という識字率は,途上国として異例の高さを誇っている。一方で,植民地時代の英国が,少数派のタミル人を教育や雇用の面で優遇したことから,後に多数派のシンハラ人との軋轢を生む原因になったといわれている。人口の8割を占めるシンハラ人と約1割のタミル人の言語が異なるために,英語が両民族の共通語として公の場で使用されることが多い。

 スリランカ人が日本について語るときによく用いられる話として,1951年の「サンフランシスコ対日講和会議」の席で当時の大蔵大臣JR.ジャヤワルダナが仏陀の言葉を引用し,対日賠償請求を放棄したことがあげられる。当時戦勝国の一員であったスリランカ(旧セイロン)代表の言葉に敗戦国日本がどれほど救われたかを知る日本人は少ない。

 1972年に国名を植民地時代の名残であるセイロンから,現地語であるシンハラ語で「輝く土地」を意味するスリ・ランカに改めたように,多数民族であるシンハラ人の言葉(シンハラ語)で高等教育も行われるようになり,全国37ヵ所に点在する技術短大においても,「シンハラ語」,「英語」,「タミル語」というように使用言語を分けている。

 タミル人の多い北東部を除くと技術短大での授業の大部分はシンハラ語であり,日本のポリテクセンター同様の技術系およびホワイト系の3ヵ月から2年までのカリキュラムが短大ごとに組まれている。受講生も17歳から30代までと多様であり,溶接,機械や製図等の技術系科目が中心であることはポリテクセンターと同様ながら,10代の若者が多いこと,会計やマーケティングといった商業系科目が多数含まれること,宝石や観光に関するコースやレンガ工のためのコース等,現地の現状に即したコースも多数含まれることが特徴としてあげられる。

 また,経済的には,2002年2月に無期限停戦合意が行われるまで約20年にわたってシンハラ人とタミル人との間で民族紛争が続いたことが停滞を招き,一人当たりのGNPも836米ドル(2001年)にとどまっている。技術短大においては,これらの経済社会の影響により,技術短大を修了後も未就職者が修了生の3割以上に上るなど,訓練修了後の就職支援のあり方が問題となっている。一方,全般的な技術短大は,「自校に入学生をいかに入れるか」という入り口の部分,さらに,職業訓練の内容には熱心であるものの,修了後の就職先についてのフォローという出口の部分に熱心ではないことが指摘されている。

3.技術短大訪問と5日間のセミナー

 今回の短期専門家の現地での主な任務は,下記の3つに分けられる。

① 技術短大を実際に訪問し,現地のキャリアガイダンスの様子を視察,インタビューを行うこと

② 5日間のセミナーを開催し,そのうち3日間はCGO向け,残りの2日間は彼らを管理監督する立場にある校長や局の職員を交えたものにすること

③ 上記で得たことから,田野倉専門家の協力やアドバイスを受けながらキャリアガイダンス等に関する改善提案書を作成,提示すること

 ①については,湯浅が中央北部の技術短大3校を田野倉専門家およびDTET日本側カウンターパートのラトナシリ氏とともに訪問,1週間後に合流した西口も加わって,さらに南部3校を訪問することで行われた。②のセミナー日程については,田野倉専門家と現地スタッフの尽力によりすでに日程調整は完了しており,1月28日(水)から2月1日(日)の5日間に行われることになっていた。③については,帰国後にはそれぞれの職場に復帰することから,スリランカ滞在中に仕上げることを目標に行った。

3.1 技術短大訪問

 技術短大への訪問では,中央北部に位置するラトマラナ技術短大,カルタラ技術短大,ポロンナルワ技術短大,南部のベリアッタ技術短大の4校が,いわゆるSDP(スキル・ディベロップメント・プロジェクト)と呼ばれるアジア開発銀行の支援を受けたセンターを保有し,専任または兼任のCGOを置いていた。

 一方,DTETが直接指導するゴールおよびマタラの両技術短大は,資料も揃わずキャリアガイダンスも始めたばかりであることが見て取れた。しかし,そうした施設設備の不備にもかかわらず,校長たちは明るく雄弁で,地域の産業や労働市場(例:セメント,繊維,合板,ビル管理,等々),さらに,訓練生が現地にとどまり仕事を探したいにもかかわらず,地域の労働市場規模が小さいため,やむを得ずコロンボ等の都市部で就職しなくてはならないことなど熱心に語ってくれた。また,南部のゴールでは,KOIKCA(韓国国際協力団)から派遣された青年協力隊員の存在を知ったり,マテラでは,JICAの青年海外協力隊員の同席を得たりと,海外で活躍する若者たちに直接出会うことができた。

3.2 セミナーの実施

 1月28日から2日間は,技術短大のCGO29人を対象に,また残りの3日間はさらに全技術短大の校長および本省のスタッフ49名を加えた総勢78人を対象に行われた。使用するテキストについては,セミナー開始までの1週間あまりの間に作成した。

 5日間のセミナーのスケジュールは以下のとおりである。

1日目:キャリアガイダンスの必要性とプロセス(CGOのみ)

2日目:キャリアガイダンスの個別およびグループアプローチ(同上)

3日目:日本におけるキャリアガイダンスのアプローチ(CGOを含む全参加者)

4日目:スリランカにおけるキャリアガイダンスと将来の必要性について(同上)

5日目:セミナーのまとめ(同上)

 1日目のCGO向けのセミナーにおいては29名のCGOが参加し,キャリアやキャリアガイダンスの定義,1950年代から現在に至るまでのキャリアガイダンス理論を踏まえながら,キャリア形成の6ステップについての解説を行った。

 グループワークでよく使われる「じゃんけん」については,現地にこれに類似する習慣がないことから,「グー,チョキ,パー」の解説から「ジャンケン列車」というゲームを通して初対面の参加者間の緊張をほぐすことまでを行った。CGOたちは,初めてするジャンケンに当初は戸惑いながらも大いに盛り上がっていた。後半グループに分かれてからのCGOの役割についての討議においても,CGOたちは真剣に参加していた。当然ながら,CGOにとっては各短大において毎日かかわる内容だけに,キャリアガイダンスへの問題意識の高さ,切実さが伝わってきた。

 2日目は,1日目同様CGOを対象にキャリアガイダンスの個別およびグループアプローチの演習を中心に進めた。まず,「自己紹介,他己紹介」の課題によりラポールを形成し,「聴かない聞き方」,「あいづち」,「くりかえし」といったロールプレーイング課題を通して傾聴の手法の訓練を行った。特に,聞き手が全く別のことをしているなかで話し手が話す「聴かない聞き方」の課題は,真剣に相談者(クライエント)の話に耳を傾けることの大切さを体験させるためのものであるが,聞き手を演ずる者の「うわの空」状態に,話し手を演じた者からは期待したとおりの「悲しかった」,「辛い」という声を耳にすることができた。また,ふれあい,リレーション,自己発見を促進するグループワークの重要性について「ジョハリの窓」を用いて解説し,さらに,技術短大生に対する職業意識の啓発,自己理解に基づく職業選択等のグループ形式の学習カリキュラム開発ノウハウを説明し,CGOの役割とその重要性をPDCA(Plan,Do,Check,Action)に当てはめて解説を行った。

 3日目以降は,CGOに技術短大の校長や本省の職員も加わって,総勢78人を対象にセミナーが行われた。日本のキャリアガイダンスの紹介として「第7次職業能力開発基本計画」,「キャリアガイダンス実施に必要な能力要件」の解説を初めとして「キャリアシートの記入の仕方」,「生涯職業能力開発体系」,「能力開発プログラム」に至るまで,幅広く日本におけるキャリア形成支援と職業能力開発の現状の紹介が行われた。校長からは,日本のキャリアガイダンス担当者についての忌憚のない質問が数多く出され,キャリアガイダンスの処遇,わけても給与や勤務時間等の解説を求められる場面もあった。

 4日目には,スリランカにおけるキャリアガイダンスの現状について,3名のCGOが発表を行った。その中で日本での短期研修経験で「私のしごと館」を見学したことがあるというCGOからは,技術短大内ばかりでなく地域のプライマリースクール(小学校に相当)で行う職業啓発活動等が映像を交えて紹介された。その後,参加者全員がCGO4グループ,校長とスタッフで4グループの合計8グループに分かれ,最終日のグループ発表で行われる「プロセスごとのキャリア形成支援項目構成表」および「キャリアガイダンス職務分析調査票」の作成に取りかかった。

 5日目は,アビリティガーデンが保有する「ポリテク加古川」および「ポリテク松本」のアビリティ訓練と就職支援の現状を描いたビデオを放映後,参加者8グループによる前日のグループ討議の結果発表が行われた。キャリアガイダンス職務の分析については,当該職務遂行に求められるスキル(技術)とノレッジ(知識)の区分が難しいらしく,知識ばかりあげたグループが多かった。両専門家から「単なる知識でなく,クライアントである受講生にどうやってアプローチしてゆくかという技術が必要であること」について個別に指導を受けるグループが目だった。

 発表については,校長やスタッフの発表が形式的,概念的なものであったのに対し,CGOからは日ごろの実践を通した具体的で熱い思いが伝わるものが多かった。グループ発表後の質疑応答ではCGO,校長,スタッフが互いの立場を譲らず討議に熱くなる場面もあった。そうしたなか,キャリアガイダンスにおいては,CGO,校長,本省の職員の協力が大切なことを強調するとともに,5日間の振返りを行うことでセミナーは好評のうち無事終了した。

3.3 キャリアガイダンス等に関する改善提案書の作成

 今回のセミナーの企画・運営を通して得られたことをもとに,DTETへの改善提案書(英文)がまとめられた。この提案書は,DTETの将来計画とともにJICAの技術協力の方向性に密接にかかわるものであることから,田野倉専門家の協力やアドバイスを受け,下記の項目について具体的にまとめられた。

 ① キャリアガイダンスセンターの組織体制,専任要員の確保等。

 ② 年間計画の必要性。

 ③ キャリアガイダンスセンターのレイアウトやその効率的な運営管理。

 ④ キャリアガイダンスセンターに必要な機材。

 ⑤ キャリアガイダンスセンターに整備すべき資料,書籍。

 ⑥ 産業界情報や各種情報の収集と分析。

 ⑦ 受講生への情報提供方法。

 ⑧ キャリアガイダンスサービスの資質向上。

 ⑨ 相談シートの記入と管理。

 ⑩ 受講生の個人情報の守秘義務。

 ⑪ 求人情報と企業情報の整備。

 ⑫ CGOと指導員の協力の重要性。

 セミナーの開始前に行われた技術短大各校から集めたアンケートの分析結果からは,アジア開発銀行の支援を受けている短大とそうでない短大(DTET直轄校)とのキャリアガイダンスセンター施設設備上の格差が指摘された。DTET直轄校の場合,相談室や情報提供エリア等の執務スペースはもとより機器等やCGO人員の配置も不備であることが指摘されている。

4.セミナーの成果とスリランカ国におけるキャリアガイダンスの問題点

 今回のセミナーを通じて,スリランカ国すべての技術短大より代表者が集まり,キャリアガイダンスという身近な問題を皆で考えたことの成果は大きい。特に,2003年11月のウィクラマシンハ首相訪米中にクマーラトゥンガ大統領が首相側大臣の更迭を行ったことから一気に高まった政治的な緊張のニュースを聞きながら日本でのセミナー準備を進めたことを考えると,タミル人が多いことで知られる北はジャフナから東はトリンコマリーの技術短大の校長やCGOが一堂に会し,セミナー後のパーティで互いの交流を深めることができたことは感慨深い。実際,北部のジャフナからセミナーに出席してきたCGOは,途中バスを8回も乗り換えなくてはならなかったという。ジャフナは,過激派グループであるLTTE(タミル・イーラム解放の虎)の活動地域である北部州の北端に位置するために,厳しい検閲が行われ,その度にバスを乗り換えねばならなかったというのである。

 また,現地でのセミナー準備中の1月下旬には,「スリランカの和平および復旧・復興担当」の明石康日本政府代表がコロンボでスリランカ国政府の首脳と会談するのをテレビや新聞で目にし,帰国前にも2002年の日本開発銀行からスリランカ政府への円借款が336億円に上ったことが話題になるなど,スリランカ国と日本との国際協力を身近に感じながらの毎日であった。2月4日の独立記念日には,テレビでウィクラマシンハ首相とクマーラトゥンガ大統領が揃ってパレードを見学する映像が写し出されほっとしたものである。そうしたなかで考えたスリランカ国のキャリアガイダンスの現状と問題点について,いくつかあげてみたい。

雇用の創出と就職機会

 今回,セミナーを行うに当たって日本での勤務先の先輩方から受けた質問の中に,スリランカ国固有の雇用情勢や労働市場形態がある。雇用機会が希薄なところで日本の事例を持ち出しても現地から受け入れられないのでは,というものであった。こうした先輩方のコメントを肝に銘じながら,現地でのセミナーにおいては「日本の良いところだけ取り入れてくれること」を強調した。日本のシステムをそのまま移すことが,環境や制度,産業や経済等多くの面で異なるスリランカ国にとってすぐに役だつとは思われなかったためである。

 こうした「もともと異なる」という視点に立って日本のキャリアガイダンスシステムを説明することで思わぬ共通点を得ることもできた。例えば,日本のキャリアガイダンス業務が発展途上であり,各現場の担当者が苦闘していることに深い安心感と共感を得たように感じられる。さらに,前述「3.2 セミナーの実施」の「加古川ポリテク」と「松本ポリテク」の就職支援等ビデオをキャリア形成醸成のため,自校で見せたいという要望もあった。

公共職業紹介機関の未整備

 日本とスリランカ国の求人と求職のマッチング環境の最も異なる点は,日本にある「公共職業安定所(通称,ハローワーク)」がスリランカ国に存在しないことかもしれない。企業からの求人はほとんどが新聞などのメディアを通して行われ,直接大学への求人や知り合いを通してというのもいくつか出始めている,といった程度であった。とりわけ就職活動に「政治家」とのコネクションをあげるセミナーの受講者もいて,途上国の現状を垣間見ることもあった。

 その他CGOへの講義を続けていく中で受けた質問の中では,「日本でのCGOの給与はどの位か」というものから,勤務時間,通勤時間に至るまで率直なものが多かった。日本における求人活動の説明の折には,「日本で就職するためにはどうしたらいいか」と質問を投げかけてくるCGOもいた。実際,スリランカ国の場合,技術短大を卒業後中東諸国に職を求める場合も多いと聞く。日本は,外国人労働者の受け入れが慎重であり,研修として働くための制度として,財団法人国際研修協力機構の「外国人研修・技能実習制度」があり,これは最長3年間の訓練生として来日が条件であること等を説明すると納得したようであった。

年配世代の巧みな語学力と若者世代の英語離れ

 その他,今回セミナーに参加された技術短大の校長に日本への留学者が多いのに驚き,また彼らの日本および日本人に対する好意と親しみに大いに感動,感激したことを付け加えておきたい。DTETのトップであるウィラシンヘ局長自身,1976年から一年間職業訓練大学校(現,職業能力開発総合大学校)へ留学経験のある方であった。また,同じく80年代にJICA八王子国際センターに宿泊し,一年間同校に学んだという校長の一人はセミナー修了式の受講生代表あいさつを日本語で行うなど,高い日本語能力を維持していることに驚かされる場面もあった。

 校長をはじめ50代の方々は高い英語力を有し,セミナーのまとめにおいて4組の発表者すべてが英語でプレゼンテーションを行ったのに対して,若い世代ではグループ発表で4組のうち3組がシンハラ語で行うなど,両者の間では英語力にかなりの実力差があるように見受けられた。1972年以降,高等教育がシンハラ語で行われるようになったため,相対的に英語力の低下を招いているとも聞く。校長や年配者には日本に限らず海外研修の機会が多かったためかもしれないが,流暢な英語で発表を行う校長たちと,折にふれシンハラ語で相談,発表する若いCGOの姿に,かつて英語を敵性国家のものと認識する親を持つ日本人のわれわれ世代にとってはもったいない気がしないこともなかった。

5.おわりに

 今回行ったキャリアガイダンスという人的資源開発は,道路や病院を作るといったインフラ整備や設備の供与とは異なり,直接目に見えるもので残すことが難しい。しかし,直接人間に働きかけるものであるだけに,人の心に深く刻まれるはずである。特に,戦後天然資源の乏しい中で人的資源を頼りに復興を進めてきた日本にとって,人的資源開発は最も途上国支援に相応しいものの1つである。

 スリランカ滞在を通してすべてが順調であったわけではない。例えば現地の交通事情には何度か身の縮む思いがしたし,日本留学経験もあり事業家でもある現地通訳とはお互いのプロ意識がぶつかり合い気色ばむ場面もあった。しかしながら交通事故に巻き込まれることもなく,また現地通訳ともじきに冗談の言えるような和やかな雰囲気で仕事を進めることができた。このセミナーを成功させたいという強い思いが何よりも先行した結果といえる。

 「スリランカは,戦争さえなければ今後伸びるはずである」というのは,長期専門家を含め,われわれ2人の共通した見解である。今回のセミナーを契機に,日本とスリランカ国との一層の人的交流が盛んになり,現地に1人でも多く日本への好印象,親しみを持っていただけること,何よりも日本のファンが増えてくれることを願ってやまない。さらに,今回のセミナーがスリランカ国ばかりでなく,将来の途上国支援のあり方や,働く者の自己実現と職業的自立基盤づくりに新たな一石を投じることができれば幸いである。

【謝辞】

 最後に,スリランカ国には初めての滞在となった湯浅,西口の両人を暖かく迎え,時には厳しく助言してくださった田野倉専門家をはじめ,DTETの日本側カウンターパートのラトナシリ氏および教材開発担当のジャヤウェラ氏に心から御礼申し上げたい。

<参考文献>

“Tracer Study of Technical College Graduates 1995-1996”, Research Collaboration by Department of Census and Statistics and National Education Research and Evaluation Centre, Faculty of Education, University of Colombo, September 2002.

“Statistical Handbook on Technical Education 2002”, Department of Technical Education and Training, Department of Technical Education and Training, the Ministry of Tertiary Education & Training.

 The implementation Report, Y. Yuasa and M.Nishiguchi, Feb. 7, 2004.

Donor nations to continue aid ”, Daily News, Jan. 24, 2004.

JBIC provides yen 33.63b for Lanka’s development projects”, Daily News Business Finance, Feb. 05, 2004.