職業能力開発技術誌 技能と技術 Vol.48 2013年6号 通巻第272号
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-44-技能と技術 2/20131.はじめに 当社は好不況に関係なく,毎年一定数の新卒大学生の採用を行ってすでに28年が過ぎた。その自社採用体験とともに,一般社会での大学生の就職活動や就職後の経過を見ていて,最近の学士という学歴を持つ大学生の価値に疑問を持つとともに,その「就職活動も就職も間違っている!」とさえ感じている。 学士としての価値に関しては,その浅く,狭く,潤いのない乾いた学力からは,とても最高学府で学んできたという印象を受けないし,その精神的なひ弱さや単純・幼稚な行動からはとても22歳の大人になっているとも感じられない。面接試験で学生時代の過ごし方を聞くと,卒業に必要な単位取得には関心があるものの,学業そのものに意欲的に取り組んでいると答える,あるいは取り組んでいると感じられる学生は意外に少ない。大学にとっても新入生の学力不足のため,学士に相応しい教育を推進することに困難さがあり,その対策を協議・研究するため日本リメディアル教育学界という組織も立ち上げているという。大学入学以前の教育を含めて,教育の目的,学校教育の役割は一体何なのか,真剣に考えるべき時に来ていると思う。 一方で,就職活動もその結果としての就職も間違っていると感じる好例が,「就職超氷河期と言われるなかで,学業を犠牲にしてまで厳しい就職活動をしてやっと確保した就職先を,就職後3年以内にその30%以上もの人がいとも簡単に退職する」という実態である。この現象はこの10年以上にわたって日本社会では常識と言われている。しかも多少景気が上向いて求人数が増えると,就職活動する学生達にとっての売り手市場などという言葉も聞かれ,そういうなかで就職した人達は就職後3年以内どころか,半年間で40%前後もの人達が最初の就職先を退職しようと行動し始めるというテレビニュースを見たこともある。そういう人達は,その後も‘転職’を繰り返し,その内に社会不信から自信をなくし,ニートといわれる存在になっていく人もあると聞く。このようなことでは,たとえ高度(?)の教育を施して先端の知識や技術を教え,学士という資格を与えて社会に送り出したとしてもそれを生かさず,貴重な人生の時間をただ年齢を重ねるだけに消耗してしまうことになるのではないだろうか?多くの大学では学生部・就職課などが前面に立って,キャリアカウンセラー有資格者や企業OB,現役の人事担当者なども導入して,学生達の就職指導やキャリア教育に取り組んでいると聞くが,それは主に就職率の向上を目指しているだけで,本当の意味での就職指導になっていないのではないだろうかという疑問が湧く。就職率の向上は大切なことではあるが,それは目的ではなく手段にすぎないということを忘れないようにしたいものだと思う。 そのようななかで6年ほど前のある日,大学生のみの採用を続けていた当社の採用試験に高専生の応募があった。それを機に当社の採用対象学生範囲を大学生から高専生に広げ,さらに今年は初めて公立株式会社日本コンピュータ開発 相談役最高顧問高瀨 拓士知識も技術も学歴も、身につけるだけではなく、生かして初めて価値がある若者達に伝えたい

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