職業能力開発技術誌 技能と技術 Vol.48 2013年3号 通巻第273号
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-2-技能と技術 3/2013かし,何かの面で一人前になることにエネルギーを使おう」と。 一方で“いわゆる健常者”と認識している人たちには,「だれかがその能力不足のために困っていたら,自分のできること,持っている能力で精いっぱいの支援をしよう。さわやかに,当たり前に,しかし同情ではなく。 人間みんな障害者。その障害の種類,内容が違うだけ。お互いに自分の持っているものを出し合って,補い合い,助け合うのが人間社会。 このような考えを持つ私は,新入社員の入社式での社長訓示でも次のように訓示してきた。 「新入社員の皆さん,“当社の常識は一般企業の非常識”と公言する当社への入社おめでとう。当社では社員に“欠点を直せ”などと言う気はない。いくら欠点を直しても良いことをしたことにはならない。人生は有限。その限られた人生の時間を,欠点を直すことになどに使うのは実にもったいない。いくら欠点を直しても良いことをしたことにはならない。そんな時間があったら,自分の良いところを生かして良いことすることに充てよう。良いことは行っただけ良いことをしたことになる。 人間は神様ではないから欠点があって当たり前。しかし人間にはだれにも必ず良い点が有る。しかも人間は一度に2つのことを行うことはできない。だから常に良い点を生かして良いことをしていれば,悪いことなど出てくる余地,やる時間などない。良い点を伸ばし,生かして,一方的に社会を利用して自分の好きなことするのではなく,社会とGive & Take のできる良き社会人になろう」と。 “障害者”,“健常者”などといわず,ないものねだり,欠点探しではなく,だれもがその能力の大小に関係なく,持っているもの,良い点を生かして,社会の維持発展のために参画できる,そんな社会にしたいものである。付記事項・進工業(株)在職中の1976年,重度身体障害者雇用への取り組みが評価され,工場長を務める長篠工場が労働大臣表彰を受ける(この間,愛知県労働部の要請により,県下企業対象に心身障害者雇用促進のための講演多数)。・1997年6月には,アメリカ滞在中の現地子会社を通じた地域への貢献,功績によりミネソタ州ローズビル市駐日名誉代表に任命され,さらに2003年1月には,ミネソタ州政府貿易局駐日代表に任命される。・2007年4月に,主に知的障害者を対象にした社会福祉法人かしの木会「くず葉学園」(神奈川県秦野市)の評議員を,2009年12月に理事会監事を任命され,2010年4月からは苦情処理外部委員も任命され現在に至る。・2010年4月2日には,東京都教育委員会より都立特別支援校就労支援アドバイザーに任命され現在に至る。・日本各地大学,九州地区教育関係団体,企業ならびに企業団体,各種団体,地方自治体,その他ミネソタ州日米協会,南米コロンビアの大学・企業団体などでの講演多数。たかせ たくお略歴1939年6月 大分県大野郡犬飼町(現豊後大野市犬飼町)に生れる1958年3月 大分県立大分工業高校電気通信科卒業1958年4月 日立製作所入社。戸塚工場にて大型コンピュータ開発設計に従事1960年1月 日立工業専門学院開校と同時に第一期生として電子工学科入学,卒業後研究科へ進学と同時に東京大学工学部へ国内留学。猪瀬博教授に師事1973年3月 進工業(株)(本社京都,薄膜技術による精密電子部品製造,販売)から日立への要請により工場長として経営支援のため出向1974年   取締役就任と同時に日立製作所を退社1979年8月 アメリカ,ミネソタ州に単身で渡り,進工業(株)現地子会社を設立。      営業,輸入販売,工場建設と製造,商品開発,経営などに従事。      通算6年間滞在。1987年10月 (株)日本コンピュータ開発(日立系ソフトウェア会社)の緊急事態対応のため転職入社,取締役システム部長に就任1990年5月 (株)日本コンピュータ開発代表取締役社長に就任2006年6月 代表取締役社長を退任,相談役最高顧問に就任。現在に至る。

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